「怒り」の感情の取り扱い私は未だに、いわゆる「怒る」ということがうまくできません。できないからと言って、全く怒らないというわけではないようです。 どうも、我慢できるぎりぎりまで我慢して、いきなり弾けたかのようにキレるらしいです。 「喜怒哀楽」という言葉は子供のころから知っていましたが、 喜んだり哀しんだり楽しんだりするのと同レベルで怒るのも当たり前であるということを、私はずっと知りませんでした。 「怒る」という感情も当たり前のものらしいと気がついたのは、既に三十路を過ぎてからでした。 でも未だに、私にとって「怒り」という感情は、遠ざけておきたいものでしかありません。 実父に、いつ怒りにまかせて殴る蹴るされるか分からない環境で、生まれ育ちました。 事あるごとに「いいか、覚えとけ、半殺しにしてやる」と脅され続けて、私は育ちました。 悪いことをしても叱られない時もあれば、咳をしたとか大きな声でしゃべったとかいうことで暴力を受けることもありました。 いつ何が起きるか分からない、いつ何が起きても助けを求められない所が、私の育った家庭でした。 「怒り」はただただ恐ろしいです。それが自分のであれ人のであれ。 私はずっと、自分の怒りの感情を押し殺して生きていくしかないのでしょうか? 少しずつ「不愉快な気持ちを相手に伝える」努力はしていますが、あまりにも芳しくありません。 その不愉快な気持ちでさえ、相手が少しでも居丈高に出れば、すぐさま引っ込めます。 そうやって自分の中に、ネガティブな感情をどんどんどんどん溜めこんでしまうのです。 しばしば、歯が抜ける夢を見ます。 次から次へとボロボロと、こぼれるように歯があらかた取れてしまうような夢です。 夢の中で、たまらなく恐ろしく感じる時もあれば、あぁ取れちゃったよ程度にしか感じない時もあります。 カウンセリングの夢分析によると、私の夢の場合の「歯」は攻撃性を暗示しているのだそうです。 私は「歯(牙)」で相手を攻撃することも、自分自身の消化のために「歯」を利用することもできず、 それどころか「歯」の存在の認定さえできていない、ということだそうです。 精神障害者への様々な支援 周囲との人間関係 2010年末ごろの状態-うつ状態・思考障害- |